コロナウイルスで今できること

https://www.facebook.com/OfficeMAKI.JOM/

コロナウイルスで今出来る事

クラスターとか、何やら新しい感染に対する言葉、表現などが出ています。

今、成すべき事はご自身が感染者となって、ただ発病はしていないだけ!こう思って行動するべきです。。。

後は、人の体力や免疫力によって違いはあると思いますが、政府の発表で概ね何日経過すれば改善、もしくは発病しなくなる等のコロナウイルスの特徴や、体内での沈静化する為に必要な日数が周知されるまで待つこと。

我々に直ぐ出来ることは以上と思います。

ご賛同頂けましたら、シェアお願い申し上げまず🤲

いま各国、もちろん日本もワクチン開発に頑張っています。
然し、その反面対症療法のクスリの開発も行っていると思います。
これは実は後に厄介なことを引き起こしかねません。
なぜなら、耐性をもったコロナウイルスが誕生する危険性が高いからです。

ウイルスの攻撃に対する耐性が持てるための進化は、我々の認識をはるかに上回っていると考えるべきです。
侮ってはいけません。

コロナウイルスについて

様々な現象を引き起こしているコロナウイルスの影響ですが、一言申し上げたいです。

各メディアの討論において、話題は大きく2つ。

1.収束の為のクスリ(ワクチン開発)の提供時期や、終息宣言予測について。
2.オリンピックの開催について。

1.)についてコロナウイルスのとらえ方が、大方の意見が対症療法ありきで本来の人の免疫力の低下による発病の関係性については触れることは皆無に等しい。
本日、2020/03/25において有名なタレントの志村けん氏が陽性か?と言うニュースが入ってきた。流れは最近胃のポリープ手術により免疫力が低下し感染したものと思われる・・・云々かんぬん。。。
大切なポイントはここにある。
即ち、気球上に生きとし生けるもの同士として、自然の中での共存共栄の関係の事である。
人には基本的には免疫力という機能が備わっている。
昨日今日できたわけでなく、長い歴史上の体験により得た機能といえます。現在、それが薬害や食の変化、添加物の影響を含め様々な要因で機能の低下を招いている。
この事に気が付かない限り、今後は更なる課題として人類の課題となり得ると思います。

2.)オリンピックの開催時期や施設、参加選手の事、関連産業の事。
国家で見たときには、オリンピック開催は大きな行事であることは間違いない。おまけに開催国としての準備などなど。。。
この時期に合わせ準備をされてきた選手の方々の事は本当に心が痛みます。
オリンピックの集客を見越して準備された、各関連企業やインフラ整備。。。
個人において宿泊予約をしていて、キャンセルに成功された方、また反対にキャンセル料で無駄に終わった方々。

全ては自然の成り行きと、諸行無常であるという事。
誰に文句が言えよう。
あるがまま、全ては何かしらの意味のある出来事と捉え今できる最善の事への取り組み、そして未来へ向けて成せる行動へ移すべきである。

諸法無我

世の中の現象は、想い通りにはならない。。。

よく皆さんとルールというものを決めます。
そのルールに従う、従わせて行こうとする想い。

結局は、自分自身でさえ己を律するどころか、甘えやその場の流れで「一度くらい」「まぁ良いか!」
などと、決め事通りにはいかないもの。

すなわち、いろんな法などを創っても我の思った通にならなかった。
世の中、想い通りにはならないのが常である、こんな意味でしょうか。

諸法無我、まさにこの世は想い通りには成らぬもの、現象を受け入れ結果を楽しみましょう。

諸行無常

有名なのは、祇園精舎の鐘の音 諸行無常の響きあり

有名な一節です。

普段の生活に照らしてみましょう。

朝起きて、歯を磨き、顔を洗い、食事を済ませて、用を足す。

そして、タイムカードを押し仕事開始、昼飯を食べる、休憩終わり。仕事を再開して終業して帰宅する。

風呂に入り、ご飯を食べて幾分くつろぎ、就寝する。

朝起きて、、、

この様な繰り返しの人生の為に生まれて来たのだろうか?

単調な事には、つまらないと言い、大変な事が起きると恐れおののく、

時間と言う流れがある以上、今がドンドン通り過ぎて行き、過去となる。何一つとして実は変化しない物など無い。

一度の人生、こだわりを捨て、起こり得る現象にただ前向きに対処して味わい尽くす。

すると自ずと道は開けてくる。忘れてはならない事は、目の前の事に一所懸命に取り組む事。何故ならば、乗り越えれない現象は起こらないから。

死が怖くてたまらない

ある時、新聞記事でタイトルの記事に出会った。

なるほど!以前私も幼い頃に、どうしょうもなく表現できない不安に駆られた経験を思い出しました。

そんな中時間が経過して、その経過の中で あれ?どこかで経験したぞ、 な〜んか見たことある光景だな?って、擬似体験の様な出来事が数知れず起こりました。

そんな中、必然的な出来事が起こりました。

陰陽五行論との出会いです。入塾を決めて、その報告をしに行ったある方から、大変な繋がりに発展しました。これは、公開の文面では書けませんので、ご縁を得た方で有ればお伝えできると思いますので割愛します。

一つは紐解けました。それは死への怖れです。

輪廻転生、正に私の見た予知夢や体験記憶などは学問的に、魂はあの世とこの世、前世と今世と言うと少し違いますが理解はしやすいと思いますが、往き来している。

この回答を得たのです。

もっと具体的にかくと、この世の死があの世の誕生、また逆に、あの世の死が今世の誕生と言うことです。今世では、身体は大切な借り物となり、その肉体の機能を使わせて頂き、自分で決めた今世の役割を消化していく。

魂とはエネルギーで、物理学で言うエネルギー保存の法則が関係します。形ある物体は生きている過程で俗に言う酸化して朽ちていきます。

少し違いますが、今世の役割の終焉と魂の今世の課題の終わりとが一致した、本当のあの世への旅立ちが満足できる結果である事は間違いありませんが、万一出来なくても次があります。

そう、輪廻転生で次のに続きを行えば良いわけです。

決して悲観すべき事ではなく、今を生きましょう。愚直に目の前に起こる出来事に向き合い、丁寧に対応していきましょう。そうする事により、今世でのご自身の御霊は次のステージへと登り、ご自身が今世に生まれる前に計画していた次の課題が起こる。

少し、私なりの解釈も入ってはいますが上記が理解すべき事ではないでしょうか( ◠‿◠ )

今、私、此処、生きる。

必然的な現象

世の中に偶然は無い。

全ては必然的に起こる。

全てを自己責任で、行動に伴う現象と捉えて丁寧に感謝を持って対応しよう。おのずと、因果が見えてくる。

体験は豊

どの様な現象も、起こりうる事に丁寧に、そして一所懸命に取り組もう。

全ては次のステージへ登るための試練である。

後で思い起こすと、その時の体験の豊かさに気がつく筈である。

陰陽五行論で分かった事

自然界の摂理には、空間だけでは人にとって足らない部分として、時間という概念を取り入れました。

その時間という概念の中で、必然的に起こる現象と自分自身が持って生まれた役割に気づき、今世では何をすべきか?という事が宿命に現れている。

こう言った事を、学問として学んでいるうちに必然的に、自分自身は何をすべきか、とか、その為にどういった味方、別の表現で後押しをしてくれるエネルギーを持っている。

そんな事を少しずつ、感じ始める機会を得ることができました。

また、単純だけど何の為に生きている?という回答は、全ての人は幸せになる事を権利として持っているという事です。

然し乍ら、昨今の資本主義社会の中では、お金という、本来は便利になる為の物々交換の時代から、紙切れに管理を付けてルールとして証券をばら撒いた。交換出来る価値を紙切れに託した、それがいつしか権力の象徴となり、お金が全てと言った悲しい💔社会へとなってきました。

この様な仕組みは如何なものなのでしょう?

中途半端な文面になりましたが、次回また機会があれば続きを投稿して行きたいと思います。

今・私・ここ・生きる

刹那、刹那的、いろんな形容があります。

良く密教者が結界の為に、指をパチンと一回はじく、この瞬間が刹那の長さと言われている。
なんと、このパチンとはじいた際になる音の間に65刹那あるらしい。

その様な事はさておき、大切な事は目の前の事に向き合い、一生懸命に取り組む、それが自分のこの瞬間を生きているあかし。

過去を悔いる事もなく、未来に不安や夢を抱く事もせず、目の前に真っすぐに向き合い可能な限りの行動をおこす。
今を生きるとは、まさにこの事である。

それが悔いなく生きるというという本来の意味と思います。

書くのは簡単に見えてると思いますが、実際は愚直に目の前に現象を真面目に取り組むことにより本当に自分を取り巻く全ての変化を感じるようになります。