諸行無常

有名なのは、祇園精舎の鐘の音 諸行無常の響きあり

有名な一節です。

普段の生活に照らしてみましょう。

朝起きて、歯を磨き、顔を洗い、食事を済ませて、用を足す。

そして、タイムカードを押し仕事開始、昼飯を食べる、休憩終わり。仕事を再開して終業して帰宅する。

風呂に入り、ご飯を食べて幾分くつろぎ、就寝する。

朝起きて、、、

この様な繰り返しの人生の為に生まれて来たのだろうか?

単調な事には、つまらないと言い、大変な事が起きると恐れおののく、

時間と言う流れがある以上、今がドンドン通り過ぎて行き、過去となる。何一つとして実は変化しない物など無い。

一度の人生、こだわりを捨て、起こり得る現象にただ前向きに対処して味わい尽くす。

すると自ずと道は開けてくる。忘れてはならない事は、目の前の事に一所懸命に取り組む事。何故ならば、乗り越えれない現象は起こらないから。

死が怖くてたまらない

ある時、新聞記事でタイトルの記事に出会った。

なるほど!以前私も幼い頃に、どうしょうもなく表現できない不安に駆られた経験を思い出しました。

そんな中時間が経過して、その経過の中で あれ?どこかで経験したぞ、 な〜んか見たことある光景だな?って、擬似体験の様な出来事が数知れず起こりました。

そんな中、必然的な出来事が起こりました。

陰陽五行論との出会いです。入塾を決めて、その報告をしに行ったある方から、大変な繋がりに発展しました。これは、公開の文面では書けませんので、ご縁を得た方で有ればお伝えできると思いますので割愛します。

一つは紐解けました。それは死への怖れです。

輪廻転生、正に私の見た予知夢や体験記憶などは学問的に、魂はあの世とこの世、前世と今世と言うと少し違いますが理解はしやすいと思いますが、往き来している。

この回答を得たのです。

もっと具体的にかくと、この世の死があの世の誕生、また逆に、あの世の死が今世の誕生と言うことです。今世では、身体は大切な借り物となり、その肉体の機能を使わせて頂き、自分で決めた今世の役割を消化していく。

魂とはエネルギーで、物理学で言うエネルギー保存の法則が関係します。形ある物体は生きている過程で俗に言う酸化して朽ちていきます。

少し違いますが、今世の役割の終焉と魂の今世の課題の終わりとが一致した、本当のあの世への旅立ちが満足できる結果である事は間違いありませんが、万一出来なくても次があります。

そう、輪廻転生で次のに続きを行えば良いわけです。

決して悲観すべき事ではなく、今を生きましょう。愚直に目の前に起こる出来事に向き合い、丁寧に対応していきましょう。そうする事により、今世でのご自身の御霊は次のステージへと登り、ご自身が今世に生まれる前に計画していた次の課題が起こる。

少し、私なりの解釈も入ってはいますが上記が理解すべき事ではないでしょうか( ◠‿◠ )

今、私、此処、生きる。

必然的な現象

世の中に偶然は無い。

全ては必然的に起こる。

全てを自己責任で、行動に伴う現象と捉えて丁寧に感謝を持って対応しよう。おのずと、因果が見えてくる。

体験は豊

どの様な現象も、起こりうる事に丁寧に、そして一所懸命に取り組もう。

全ては次のステージへ登るための試練である。

後で思い起こすと、その時の体験の豊かさに気がつく筈である。

陰陽五行論で分かった事

自然界の摂理には、空間だけでは人にとって足らない部分として、時間という概念を取り入れました。

その時間という概念の中で、必然的に起こる現象と自分自身が持って生まれた役割に気づき、今世では何をすべきか?という事が宿命に現れている。

こう言った事を、学問として学んでいるうちに必然的に、自分自身は何をすべきか、とか、その為にどういった味方、別の表現で後押しをしてくれるエネルギーを持っている。

そんな事を少しずつ、感じ始める機会を得ることができました。

また、単純だけど何の為に生きている?という回答は、全ての人は幸せになる事を権利として持っているという事です。

然し乍ら、昨今の資本主義社会の中では、お金という、本来は便利になる為の物々交換の時代から、紙切れに管理を付けてルールとして証券をばら撒いた。交換出来る価値を紙切れに託した、それがいつしか権力の象徴となり、お金が全てと言った悲しい💔社会へとなってきました。

この様な仕組みは如何なものなのでしょう?

中途半端な文面になりましたが、次回また機会があれば続きを投稿して行きたいと思います。